top of page

【-まち探訪- 大鋸屋町】 瑞龍寺建立が由来の町名、坂が魅力の町

  • machiccoproject
  • 2019年12月15日
  • 読了時間: 3分

更新日:2020年1月17日

この物件が存在する「大鋸屋町」。


さて、早速クイズです。

「大鋸屋」って何と読むでしょうか??



.



.



.




正解は、「おがや」です。



この大鋸屋町は、前田利長公(加賀前田家2代当主で、高岡開町の祖)の菩提寺である瑞龍寺(ずいりゅうじ)建立に際し、木挽(大鋸屋)小屋があったことが名前の由来となっています。

同じく、瑞龍寺建立時に大工小屋などがあったとされる「大工町」「大工中町」と共に、「大工町三町」と呼ばれていたそうです。

(参考文献:『歴史都市高岡 日本遺産と旧町名副読本』高岡市日本遺産推進協議会発行)


ちなみに、瑞龍寺は1997(平成9)年に国宝に指定され、現在も富山県唯一の国宝です。







ree


こちらは大鋸屋町のメインストリート。

今回の物件の前面道路にもなる一方通行の道ですが、

実はこれ、県道なんです。



この道は富山県道40号高岡庄川線。

大工中町~大鋸屋町~関町の区間は一方通行。あとはちゃんと2車線以上あります!

砺波市の庄川町まで続いていきます。






周辺を歩いてみると、すぐ西側は坂の下り。



ree

ree


ree

ree




坂、坂、坂・・・。


この地形にもちょっとした歴史があるとかないとか。


高岡の中心部を流れる「千保川(せんぼがわ)」は、

17世紀ごろまで、富山県西部を代表する大河川「庄川(しょうがわ)」の本流だったそうです。

(現在はもっと東側、射水市との境目あたりを流れています)


なのでかつての千保川は今よりも流域が広く、

この坂は当時の川幅の名残だったとか・・・?


今では600mほど西に進まないと千保川にたどり着かないので、

本当に名残だとしたら、当時はかなりの川幅だったんだなと・・・。








さて、国宝・瑞龍寺の建立に関係する町ということで、

当然瑞龍寺にも近い場所ですが・・・。


瑞龍寺へ向かう途中の関町に、もうひとつ由緒あるお寺があります。


それが、「総持寺(そうじじ)」。



ree



「高岡」の名前の由来となったと言われる、中国の詩経の一節

「鳳凰啼けり 彼の高き岡に」


これ、前田利長公が築城の際、

総持寺の和尚さんに命名を依頼し、「高岡」という名前になったと言われているそうですよ。


とても由緒ありますね・・・。



そして、この総持寺の見どころは、

お寺の周辺に祀られている「六十六部の石仏」。



ree

ree

ree




写真の通り、特徴のある石仏が38体残っております!






さて、周辺のお店というと・・・。

徒歩や自転車圏内にコンビニやスーパーもあり、

また駅も近いのでそこまで不便な場所ではないと思います。


でも、もっと近い、徒歩5分程度の場所には、こんなお店も。



ree


全日食ハスミ店。

コンビニのような、小さなスーパーのような。

食料品の品ぞろえもいいですよ!


ちなみに、筆者は幼稚園時代によく連れていってもらいました(笑)




.



.



.




さて、大鋸屋町とその周辺はいかがだったでしょうか?

歴史も深く、また地形的にもワクワクする町だなと思います。


ぜひ、そんな大鋸屋町で暮らしてみませんか??






■この記事を書いた人

ウインマーベラス

1992年高岡市生まれ

観光ボランティアガイドグループ代表、NPO法人理事など

大鋸屋町は同小学校区内なので、そこそこ近所

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。
bottom of page